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ROLLY

ROLLY
参加1986年5月〜1988年3月
演目ギターが速い曲
担当ベース


高校時代。

それまで音楽は聞く専門で、自分で演奏しようなんて考えたこともなかった。子供の頃、親に「ピアノ習わない?」と言われた時も「そんな女みたいなことしたくない」と速攻断ったし、ピアノが弾ける人を見てもすごいとかすごくないとか特に何も感じなかった。楽器の経験といえば音楽の授業でリコーダー吹いたりタンバリン叩いたり鈴鳴らしたりという程度だった。

基本的に興味がなかったのだ。

高校に入学してしばらくして、ギターを学校に持ってくる友人がたくさんいることに気が付いた。
ギター…いわゆる「エレキギター」ってやつ。ピカピカ光って、とんがった形してるやつ。
で、休み時間になるとあちこちの教室から同じようなフレーズが聞こえてくる(後から知ったんだけど、これ、LoudnessのCrazy Doctorのソロだった)。

なんかかっこいいじゃん。
あんなふうにギター弾けるようになりたい。
ライブとかしたらモテるかも。

思春期の純真な思いが動機になり、早速ギターの練習を始めた。
バイトはしていたが楽器買えるほどのお金も無いので、自宅にあった父のクラシックギターで練習していた。

数ヶ月してちょっと弾けるようになった時、「バンド」というものを意識し始めた。
と同時に、眼前の現実に打ちのめされた。

見渡せば同じ学年に既に「ギタリスト」がいっぱいいるじゃないか。30人くらいいる感じだ。
かたや僕は弾き始めたばかりのヨチヨチ歩き。
これじゃいつまでたってもバンド組むことなんてできないぞ。

と、早々に「ギタリスト」になることを諦めた。
でもバンドはやってみたい。
ドラムやキーボードは大変そうだし…ベースにしようかな。
ベースならこれまでやってきたギターの練習が無駄にならないし、それにベーシストは学年に5人くらいしかいないから、バンド入れてもらえるかも。

そんな理由でベースを弾き始めた。

ちょうどその頃、上妻という男がバンドメンバーを集めていた。
クラスが違うので直接面識はなかったんだが、同じクラスの渋谷氏が仲介してくれてこのバンドに入れてもらえることになった。

ギター2人、ベース、キーボード、ドラム、ボーカルという編成。
選曲は上妻氏の好みで、Yngwie Malmsteen, Night Ranger, Dokken, Loudness, Earthshaker, RATT, Bon Jovi, Scorpionsといった辺り。
彼は当時まだキャリアが浅かったにも関わらずかなり上手で、速弾きの曲をガンガン弾いていた。
僕はこのテの曲は未経験。弾いたことはもちろん聴いたことすらなかった。
でも「一緒に音を出せる」ことが楽しくて一生懸命練習した。
速い曲が多かったので、上腕筋の鍛錬にはもってこいだった。

しかし。ここで大問題が。
キーボードとドラムは他のバンドとの掛け持ち。上妻氏の誘いを受けはしたもののあまりやる気はなかったようでなんのかんのと理由をつけてほとんど練習に来なかった。だから普段はキーボードどころかドラムもいない状態で音を出してた。
それでも楽しかった。が、このままではライブなんかできない。数ヶ月経っても一向に練習に出る気配の無いドラマーに見切りをつけ、別のドラマーを探した。キーボードは無しにした。

新たに入ってくれた神宮寺氏は同級生ドラマーでは上位にいた人で、ホントに付き合ってもらえるのか最初は不安だった。
しかし初心者集団に辛抱強く耐えてくれた。

ようやくバンドの形になったので、文化祭のライブイベントにエントリー。
Scorpionsの曲を主体にセットリストを作ってしばらく練習し、文化祭のオーディションに臨んだ。

放課後の教室で、30人ほどの前でのオーディション。
曲目は”Black Out”。

僕にとって、人前で演奏するのはこの時が初めてだった。
足がガクガク震えた。
中学の部活(軟式テニス)の対外試合に最初に出た時ですらこれほど緊張はしなかった。
もうどんな演奏だったか全く覚えていない。

そんな状態だったがオーディションにはなんとか合格。講堂で生まれて初めてライブ演奏をした。
この時はオーディションの時ほど緊張しなかった。
すごく楽しかった。

その後高校の卒業ライブでLoudnessのセットリストで演奏。
卒業式後間もなく池袋のイシバシ楽器(だったかな?)でライブをさせてもらったのを最後に、このバンドは解散した。